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岩手からきた税理士受験生④

スタッフブログ

公開日: 2024年3月8日

更新日: 2024年10月18日

中居裕太郎


全経簿記

結局、25歳にもなって、
「何の成果も得られませんでした」
状態なのが嫌で、勉強を続けます。

無職2年目に入り、ここで全経簿記上級の試験がやってきます。
全経簿記上級は、日商簿記1級と並ぶ試験なのですが、少し簡単です。
どちらも、前半の商業簿記&会計学と後半の工業簿記&原価計算というところに変わりはありませんが、全経簿記上級は会計学がほぼ理論問題であるところが違います。

それまで日商簿記1級に2回も落ちていた私は、少しランクを下げて全経簿記上級に挑むことにしました。
日商簿記1級は100点満点ですが、全経簿記上級は400点満点です。

この年、収益認識基準が適用されて間もなく、他の試験で見たこともないような問題が記号選択で出題されました。会計学の大問2で3問ほどあり、運に任せた完全解の確率はあとで計算したのですが36分の1でした。

その日の解答速報では、一番難しいところだからできなくても仕方がないと言われていました。
試験中、考えてもわからなかったので、最後の5分に悪あがきで記号を書いておきました。
すると、36分の1を引き当てます。

というのも、この試験の点数が400点満点中291点だったのです。
偶然当てた問題の予想配点は18点です。
総得点の70%が合格なのでもうお分かりですね。


これで履歴書の資格の欄に1つだけ書くことができました。
簿記系の資格取得はこれが初めてで、とても嬉しかったです。

これを機に、マイナス思考の無職2年目に光が差しました。

日商簿記

続いて、3回目の日商簿記1級にチャレンジします。
1回目が64点、2回目が57点です。

3回目の自信はかなりあり、問題用紙を開いて、会計学で外貨+連結+包括の問題が出た時には大得意分野だったので受かったと思いました。

しかし、問題を解きながらも数値に違和感があったりして、かなり時間を使ってしまいその後の商業簿記が解ききれませんでした。(結果、終わった後の自己採点では、会計学は最初ののれんの数値から間違えてしまい、ほぼすべての問題を落としてしまっていました)

解ききれなかったことから3回目の不合格が頭によぎる中、以前の試験を思い出して、何が起こるかわからないから、あきらめず後半の工業簿記&原価計算に食らいついていって、試験時間終了です。

そして、この試験は100点満点中70点でした。
総得点の70%が合格です。

日商簿記1級を受けたあたりから、主に大企業を相手にする公認会計士よりも、地域密着型の税理士の仕事に魅力を感じ始めていました。

悩んで悩みぬいて、公認会計士試験は撤退することに決めました。

その後 2023年の5月中旬、締め切りギリギリで税理士試験2科目の申し込みをして、簿記論と財務諸表論の学習を始めます。5月末に税理士試験の過去問を購入し、試験問題を解いてみてびっくりしました。
時間内で解ききれないと。

X-day

試行錯誤して問題の解く順番を考えたり、問題の解き方のコツをネットで検索したりします。
試験範囲については、今まで勉強していた得意論点が税理士試験では重要性が低く、得意論点以外の中でしっかり点数が稼げるかどうかはとても不安でした。

試験までは、ほぼ毎日図書館で勉強していたのですが、忙しいながらも軽食を持たせてくれた母には感謝しています。

試験期間中は簿記論と財務諸表論に関する情報を得るためX(Twitter)で情報収集をしていました。私が受講していたものは税理士向けの予備校ではなく、公認会計士予備校でしたから、税理士関係の情報は自分で探す必要があったわけです。

公認会計士予備校の講師に坊主の先生がいて、勉強との向き合い方についてためになるつぶやきをしていたのでよく見ていました。また、税理士受験生のつぶやきにも目を通していました。

ある日、いつものようにX(Twitter)を見ていると、おすすめみたいなところに坊主の方が出てきました。
普段ならスルーしたかもしれませんが、予備校の先生でもないようで、何故か画像が気になりタップして確認したところ、福井県大野市出身の税理士の方でした。

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プロフィール

岩手から移住してきました。
税理士目指して実務を学びながら奮闘中。

とにかく動物が大好きです!

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